BrassaiとTaroOkamoto
東京都写真美術館に行く。ブラッサイ展をやっていた。
1930年代の夜のパリの街やカフェに集まる人たちなどを撮影した作品。それを見ているとそこに集うやくざや娼婦たちの息づかいや空気まで感じる。
岡本敏子の書いた「岡本太郎に乾杯」によると、戦前ブラッサイは岡本太郎と親交があり、岡本は戦後パリに行くといつもブラッサイ訪ねていたそうである。ある日、訪ねるとアメリカで出版が決まった「夜のパリ」のプリントを見せてこれとこれどっちがいい?などと話していて、これだけ素晴らしいものは日本でも出そうと岡本は言っていたそうだ。後日、みすず書房で出版することになる「未知のパリ 深夜のパリ」は、この時の岡本の帰国後の働きによって日本で出版されたものなのである。
美術館に来たついでに、4階の写真専門の図書館に行く。
以前からみたいと思っていた写真集と宮城美術館で開催されていた写真展の図録を見たいためだ。
閉架式で(PCで検索して係の人に希望の本を持ってきてもらう方法)11時40分頃に頼んだら、1時まで待ってくれと言う。そんなに探すのに時間がかかるのかと聞くと、そうではなくて11時半から1時の間は受け付けてないと言う。その理由を聞くと、人手不足で探せないと言う。ようするに昼休み。あきれた。「図書館内で受付にいるのは私だけ、係の人間が二人もいて何が人手不足か」と言ってやろうかと思ったが俺も明日で42才、30代の時ならきっと言っていただろうが「分別の42才」大人になりました。ぐっとこらえて後で美術館にメールで投書してやる。(あとでメールアドレス探したけど公開してないでやんの、よっぽどクレームが多いのかね)
1時まで待ってるほど、気が長くはなくその後渋谷に出て、写真を撮りながら南青山の岡本太郎美術館に行った。私はここに来るのは初めて。近所に友人のデザイン事務所があり、岡本太郎氏の生前は(美術館になる前)何度もこの前は通ったことがある。外から見ても例の彫刻たちが見えて、誰が見ても岡本太郎邸だとわかった。
入館料600円で中に入ると、生前氏が使っていたアトリエは天井は高いが思っていたほど広くはなく、使っていた筆やイーゼル、与謝野晶子から譲ってもらったというピアノ(スタインベルグ)も展示してあり。ここで数々の名作が生まれた。最近片っ端から岡本太郎関係の本を読んでいる私にとっては、リアルタイムの時間がそこにあった。
その後友人の事務所で油を売り、DMをもらっていて気になっていたギャラリーに寄ってから事務所に戻った。


写真家の日常 | 22:20:41| Trackback(0)| Comments(0)